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店舗概要

沿革

沿革

 

◆明治5年 刀鍛冶から出刃鍛冶に

   

「源正久」は、明治5年に大阪での代々の刀鍛冶より出刃鍛冶に転じます。
同時に「源正久」の次男中村鉄次郎が東京において打刃物業を開業、初代「東源正久(あずまみなもとのまさひさ)」を名乗ります。
店舗は当時の魚河岸の所在地である日本橋の本町に、工場(「正久刃物製作所」)は神田鍛冶町に構えました。

 

◆明治40年代初頭 海外から洋式刃物技術を導入

   

技師 隅田太郎をヨーロッパおよびアメリカへ派遣し、洋式刃物製作技術を取得・移入。
それまでの和式料理刃物部門に加えて、洋式技術による機械刃物部門(現「正久エンジニアリング」)を併設します。
この技法が関東における「牛刃」の発祥となります。
なお、この技術を習得した職人たちの多くはいわゆる「牛刃」製作により独立し、日本における牛刃の急速な普及に大きく貢献します。
また、鮪庖丁においては胴割りをせずに体長を確保できる製法を確立し、現在の卸庖丁(大庖丁・長庖丁)が完成します。

 

◆大正時代 大蔵省造幣局御用達 二代目始業 工場移転

   

独自の機械刃物製造技術を駆使した紙幣断裁機を大蔵省造幣局に納品します。
大正7年小川五郎左衛門(明治36年生-昭和45年没)始業 後継者となり二代目「東源正久」を名乗ります。
大正12年の関東大震災により店舗・工場とも焼失しますが店舗は以前と同様、日本橋本町に再建し、工場は高田馬場に移転しました。

 

◆昭和6年 日本橋より築地へ魚河岸移転 築地本店開設

   

魚河岸の築地移転にともない築地店を開設、以後築地を本店とします。
機械刃物部門が大型のマグロ庖丁製作を一手に担うと同時に、卸売市場荷受会社・大物業界(鮪商等)の店舗の大半に専門解体庖丁を納品します。
また、太平洋戦争中には陸軍の指定を受けて「昭和新刀」も作成・納品しました。

 

◆昭和19年 工場再移転

   

戦災により高田馬場の工場焼失、要町を経て下落合に移転します。

 

◆昭和27年 三代目始業 修行時代

   

二代目小川五郎左衛門 長男小川三夫(昭和8年生)始業
刀鍛冶の流れを守る打刃物業として、代々の方針により先代と先代兄弟弟子の許で[鍛冶と研ぎ]双方の修業を併せて行い、後継者として薫陶を受けます。

 

◆昭和39年 三代目襲名

   

当代の結婚により、それまで日本橋店に単身居住していた当代が築地の本店に、本店に居住していた先代が日本橋店に住居を移します。これより当代が正式に三代目「東源正久」を名乗ることとなりました。

 

◆平成22年 魚河岸とともに歩み140年

   

当代の許、長女小川由香を筆頭に若手職人一同、次代を継ぐべく修業研鑚中です。

 

◆平成23年 四代目継承

   

三代目逝去に伴い 長女小川由香が四代目を継承しました。

 

刀鍛冶の伝統製法と関東庖丁の特徴を生かした手作り製品にこだわり、現在に至っております。

 

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